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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)79号 判決

原告

野田幸子

ほか一名

被告

清原孝行

主文

一  被告は、原告野田幸子に対し、金二九六万五一六五円及びこれに対する昭和六三年三月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告吉岡優子に対し、金五〇二万九八七一円及びこれに対する昭和六三年三月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余は原告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告野田幸子に対し、金一三六五万八一五八円及びこれに対する昭和六三年三月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告吉岡優子に対し、金一一六五万八一五八円及びこれに対する昭和六三年三月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生

(一) 日時 昭和六三年三月七日午後九時三〇分ころ

(二) 場所 兵庫県三木市志染町広野二丁目二五五番地先県道交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 加害車 被告運転の自動二輪車

(四) 被害者 亡野田昌明(以下「昌明」という。)

(五) 態様 昌明が交通整理の行われていない本件交差点西側に設置された横断歩道を南から北へ横断中、本件交差点を西から東へ直進してきた加害車と衝突したもの

(六) 結果 昌明は、本件事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷、左大腿骨骨折、右下腿骨骨折、左前腕骨折の傷害を受け、昭和六三年三月九日午前一〇時八分ころ、入院先の恒生病院において、多発性外傷によるシヨツクを原因とする腎不全により死亡した。

2  被告の責任原因

被告は、加害車を時速約九五キロメートルを超える高速度で運転したうえ、前方の注視を全く欠いたまま走行した過失により、本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条により、原告らの後記損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 昌明の損害

(1) 傷害による損害

Ⅰ 治療費 合計金二〇四万九〇二五円

〈1〉 昌明は、本件事故当日の昭和六三年三月七日、羽田外科に通院し、治療費金四万九〇二五円を要した。

〈2〉 さらに、昌明は、右同日から死亡する同月九日までの三か日間、恒生病院において入院治療を受け、治療費金二〇〇万円を要した。

Ⅱ 付添看護料 金一万五〇〇〇円

昌明は、右入院期間中、原告らの付添看護を要したところ、右看護料は一日当たり金五〇〇〇円が相当である。

五〇〇〇円×三日=一万五〇〇〇円

Ⅲ 入院雑費 金三三〇〇円

一一〇〇円×三日=三三〇〇円

(2) 死亡による損害

Ⅰ 逸失利益 金二六七九万八〇一七円

昌明は、本件事故による死亡当時、次の〈1〉ないし〈3〉のとおり年間合計金三一六万九九〇〇円の年金を受給していた。

〈1〉 神戸市職員共済年金 年間金一七八万六一〇〇円

右年金は、地方公務員等共済組合法七八条に基づき給付される退職年金で、受給者が死亡するに至るまで給付される。

〈2〉 大阪薬業厚生年金 年間金九七万二九〇〇円

右年金は、厚生年金保険法第九章第一節の各規定に基づき設立された大阪薬業厚生年金基金から、右基金規約四八条ないし五六条に基づき給付される退職年金で、受給者が死亡するに至るまで給付される。

〈3〉 厚生年金 年間金四一万〇九〇〇円

右年金は、厚生年金保険法四二条に基づき給付される老齢厚生年金で、給付期間は右〈1〉〈2〉と同様である。

以上、三種類の年金につき、昌明は、いずれもその給付要件を充足するので、前記のとおりの各年金の給付を受けていた。

昌明は、本件事故による死亡当時満六三歳で、なお一七・三六年間の生存が予想できたので(昭和六一年度簡易生命表による)、生活費としてその三〇パーセントを控除し、新ホフマン係数一二・〇七七により中間利息を控除して、将来得べかりし年金額の死亡時における現価を算定すると、次の計算式のとおり、金二六七九万八〇一七円となる。

三一六万九九〇〇円×(一-〇・三)×一二・〇七七=二六七九万八〇一七円

Ⅱ 慰謝料 金八〇〇万円

(二) 原告らの相続

原告野田幸子(以下「原告幸子」という。)は昌明の妻であり、原告吉岡優子(以下「原告優子」という。)は昌明の子であるところ、原告らは、昌明の死亡により、右記損害賠償請求権の全額(金三六八六万五三四二円)をそれぞれ法定相続分に従つて二分の一ずつ相続した(それぞれ金一八四三万二六七一円)。

(三) 原告らの損害

(1) 葬儀費用 各金五〇万円

原告らは、昌明の葬儀費用として各金五〇万円ずつを負担した。

(2) 慰謝料

Ⅰ 原告幸子につき 金七〇〇万円

Ⅱ 原告優子につき 金五〇〇万円

(3) 弁護士費用 各金一二五万円

(四) 損害のてん補

原告らは、損害のてん補として、(1)被告から金二〇四万九〇二五円、(2)自賠責保険から金二五〇〇万円、以上合計金二七〇四万九〇二五円の支払いを受け、これを法定相続分に従いそれぞれ二分の一(金一三五二万四五一三円)ずつ自己の損害賠償請求権(原告幸子につき金二七一八万二六七一円、原告優子につき金二五一八万二六七一円)に充当したので、原告らの残損害額は、原告幸子につき金一三六五万八一五八円、原告優子につき金一一六五万八一五八円となる。

4  よつて、被告に対し、原告幸子は、右金一三六五万八一五八円及びこれに対する本件事故発生日である昭和六三年三月七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告優子は、右金一一六五万八一五八円及び右同様昭和六三年三月七日から完済まで右同率の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、(一)ないし(五)の事実は認める。同1、(六)の事実のうち、昌明が、昭和六三年三月九日午前一〇時八分ころ、多発外傷によるシヨツクを原因とする腎不全により死亡したことは認めるが、その余の事実は知らない。

2  同2の事実は争う。

3(一)同3、(一)の(1)の各損害のうち、Ⅰは認めるが、Ⅱ及びⅢは知らない。

同3、(一)の(2)の各損害は争う。

なお、昌明の逸失利益の算定に当たり、昌明の生活費控除割合は、昌明には被扶養家族がいない場合に該当するものとして、五〇パーセントとするのが相当である。

(二)同3、(二)の主張のうち、原告らの相続関係は認める。

(三)同3、(三)の各損害は争う。

(四)同3、(四)の主張のうち、原告らが、損害のてん補として、(1)被告から金二〇四万九〇二五円、(2)自賠責保険から金二五〇〇万円、以上金二七〇四万九〇二五円の支払いを受けたことは、認める。

三  抗弁

1  過失相殺

(一)本件事故現場は、三木市志染町広野二丁目二五五番地先県道神戸三木線路上であり、同道路は、社町、小野市、三木市方面から神戸へ通じる地域の主要幹線道路である。

(二)本件事故は、被告が、昭和六三年三月七日午後九時三〇分ころ、本件事故現場西方の神戸電鉄の踏切を越えて左折し、志染町方向へ向けて加害車(自動二輪車)を運転中に、志染農協広野支所の東北角付近に位置する信号のない三叉路交差点(「本件交差点」)の横断歩道上で発生したものであるところ、当時、本件交差点の北側にあたる神戸電鉄の軌道に電車数両が係留中であり、さらにその北側に数カ所並んで水銀灯が設置されていたが、右係留中の電車が水銀灯の照明を相当遮り、また、本件事故現場南側にあたる志染農協広野支所の敷地西方に一基の水銀灯があつたものの、これも一定の距離があるうえ、右農協支所の駐車場東北角付近にトラツク一台が駐車中であつたことから、昌明が横断した道路周辺は、相当暗い状況にあつた。さらに、被告の進行方向から見ると、道路右手、前方にあたる右農協支所の東側に工事用の黒つぽい幕で覆われた工事現場があつた。

(三)以上の状況下において、被告は、加害車のエンジンの回転の調子を見るために時速約九〇キロメートル近い速度に加速して速度計に目をやり、さらにその後顔をあげて前方を見ながら走行中、衝突現場手前約一二・二メートルに至つて、はじめて本件道路中央寄りに南から北へ横断歩道を小走りに行く昌明を発見し、ブレーキをかけても間に合わないと判断して、ハンドルを左に切つて衝突を回避しようとしたが、避けきれず昌明に加害車を衝突させた。

(四)右のとおり、本件事故は、もとより被告の速度違反、安全運転義務違反という過失が存するものの、昌明においても、ヘツドライトを照らして接近してくる加害車を相当離れた位置からでも当然現認し得たにもかかわらず、夜間前記の如く暗い物陰から、近接している通行車両に注意を払うことなく小走りで駆け抜けていこうとしたものであつて、かかる昌明の行為は、飛び出しあるいはこれに類するものとして相当の過失相殺がなされるべきである。

2  損害のてん補

(一) 原告幸子は、昌明の死亡により、次のとおり、各遺族年金を受領した。

(1) 神戸市職員共済年金

地方公務員等共済組合法九三条に基づき、昭和六三年五月二日、遺族共済年金の基本年金額を金九一万六一〇〇円とする決定を受け、平成二年五月一日までに合計金一九〇万八五四二円の年金を受領した。

(2) 厚生年金

厚生年金法五八条に基づき、昭和六三年七月二一日、遺族厚生年金の金額を金八四万二六〇〇円とする決定を受け、これまでに合計金一二五万三四三九円の年金を受領した。

(3) 大阪薬業厚生年金

昭和六三年五月一二日、遺族一時金として金五二万三七〇〇円を受領した。

(二) ところで、本件は、地方公務員であつた昌明が、退職後年金受給生活中に、すなわち、生前〈1〉神戸市職員共済年金のうちの退職共済年金、〈2〉厚生年金の老齢厚生年金等の年金受給者として、その年金収入によつて生計を維持していたところ、交通事故被害により死亡したため、前記(一)記載のとおり、遺族である原告幸子が遺族共済年金、遺族厚生年金等の受給決定を受けたものであるが、このように、当該年金受給者が死亡したため、遺族共済年金、遺族厚生年金として遺族が受ける給付の利益は、死亡した者の得べかりし収入によつて受けることのできた利益とまさに実質的に同一同質のもの(ただ生前死亡本人が受けていた年金より額が一定限低減する。)というべきである。したがつて、死亡時に将来にわたつて確実視される年金の逸失利益を積算する場合、この同質の部分と評価される遺族年金の確実視される受給相当額が控除されないとすれば、遺族に二重取りの不公平、不合理な結果をもたらすことは明白であり、地方公務員等共済組合法による遺族年金についても、厚生年金法による遺族厚生年金についても、年金の逸失利益の算定に当たつては、既給付分に限らず将来受給確実な給付相当額(控除する期間を昌明の平均余命一七年と、受給資格のある遺族である原告幸子の平均余命二五年とのより短い方を採用し、控え目に積算して)をも控除すべきである。

(三) 以上の結果、遺族共済年金及び遺族厚生年金のそれぞれについて既給付金(当審の全審理過程を通じてのもの)及び将来確実に受給される各遺族年金の現価、さらに大阪薬業厚生年金の既給付金、自賠責保険金等の既払い金が、過失相殺後の総損害に対して、つまり原告両名に対する関係においてなされるべきである。

四  抗弁に対する認否及び原告の反論

1  抗弁1の各事実はいずれも争う。本件事故は、以下に述べるとおり、制限速度をはるかに超過する速度で、かつ、前方の注視をまつたく欠いたまま横断歩道を通過しようとした被告の重大で一方的な過失により、発生したものである。すなわち、

(一) 本件事故現場は、極めて見通しの良い直線道路で、本件事故発生時対向車両もなく、加害車を運転する者にとつて見通しを妨げるものは何ら存在せず、加えて、本件交差点北側の神戸電鉄の線路には多数の水銀灯が点灯され、南側にも志染農協広野支所駐車場内の水銀灯が点灯されていて、本件交差点周辺は比較的明るく、歩行者の発見は極めて容易であつた。しかも、横断歩道の存在は、予め道路標識及び道路表示により示され、車両運転者としては歩行者の存否に注意を払うのが常識であるから、被告にとつて昌明の発見は、極めて容易な状況にあつたといわざるを得ない。

(二) しかるに、被告は、時速九五キロメートルを超える高速度で走行するという重大な注意義務を犯しつつ、これに加えて、本件交差点の横断歩道の手前約二〇メートルの地点に至り意味もなくタコメーターに注意を奪われ、徐行しないばかりか前方の注視を全く欠き、横断歩道付近の歩行者の存在をまつたく確認することなく横断歩道を通過しようとし、右横断歩道の手前僅か約一〇メートルの地点に至つて始めて視線を移したところ、既に道路中央線まで約〇・七メートルの距離に達していた昌明を発見し、急制動の措置を講ずる間もなく、昌明に加害車を衝突させたものであつて、本件事故が、制限速度をはるかに超える高速度運転をしながら、前方の安全確認をまつたく意識せず、かつ、横断歩道があるにもかかわらず、前方をまつたく見ないという被告の一方的過失により発生したことは、明白である。

(三) なお、昌明は、右横断歩道を小走りに横断したことはなく、時速四ないし五キロメートルの速度で歩いて渡つていたものであり、したがつて、昌明が横断を開始したときは、加害車は、本件衝突地点より未だ約四七・五ないし七一・二メートル西方を東進中であり、横断歩道は歩行者の安全が極めて重視される場所であることをも考え併せると、昌明には何らの過失もない。

2  同2(一)の事実は認めるが、同(二)、(三)の主張はいずれも争う。

そもそも、損益相殺により損害賠償債務が消滅するには、現に損害が填補されたことを要し、単に債権を有しているだけでは足りないのであるから、将来支給される遺族年金は、原告らが相続取得した昌明の逸失利益から控除されるべき対象とならず、現実に給付された遺族年金の既受領額及び遺族一時金のみが控除の対象となり、しかもそれは、原告幸子の相続分から控除されるべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の(一)ないし(五)の事実は、当事者間に争いがない。

また、同1の(六)の事実のうち、昌明が、昭和六三年三月九日午前一〇時八分ころ、多発外傷によるシヨツクを原因とする腎不全により死亡したことは、当事者間に争いがなく、かかる事実に、原告野田幸子本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨を総合すると、昌明は、本件事故により頭蓋骨骨折、脳挫傷、左大腿骨骨折、右下腿骨骨折、左前腕骨折の傷害を受け、昭和六三年三月九日一〇時八分ころ、入院先の恒生病院において、多発外傷によるシヨツクを原因とする腎不全により死亡したことが認めらる。

二  そこで、被告の責任原因について判断するに、被告は、加害車運転上の過失を争い、かつ、過失相殺の主張をするので、以下、本件事故発生の状況について検討し、双方の過失の有無及び内容について判断する。

1  いずれも成立に争いのない乙第一、二号証、被告本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。)、及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は、三木市志染町広野二丁目二五五番地先県道神戸三木線(以下「本件道路」という。)路上であり、本件道路は、社町、小野市、三木市方面から神戸へ通じる地域の主要幹線道路であつて、アスフアルト舗装された平坦な直線道路であり、最高速度は時速五〇キロメートルに制限されている。

(二)  本件事故は、昭和六三年三月七日午後九時三〇分ころ、志染農協広野支所東北角に位置する信号機の設置されていない本件交差点の横断歩道上で発生したものであるが、右当時、右農協広野支所の駐車場内(本件交差点に面している。)に設置されている水銀灯が点灯されていたため、本件事故現場周辺は、比較的明るかつた。また、本件交差点付近の本件道路上には、右横断歩道の存在を示す道路標識及び道路表示がある。

(三)  被告は、本件事故当日、加害車(四〇〇CCの自動二輪車)を運転し、本件事故現場西方の神戸電鉄の踏切を超えて左折して、本件道路を志染町方向へ向け東進していたものであるが、加害車を久し振りに運転したことから、エンジン回転の調子を調べるためにスピードをあげて回転計を確認しようと考え、右踏切を超えて左折した辺りから時速約九五キロメートルに加速したうえ、衝突地点から約六七・二メートル手前の地点から約二秒間、進路前方を注視することなくもつぱら回転計のみを注視したまま右速度で約五四・八メートル進行し、衝突地点の手前約一二・四メートルの地点で回転計から目を進路前方に転じたところ、はじめて、横断歩道のほぼ中央付近まで来ている昌明の存在を自車の約一二・二メートル前方に発見したが、間に合わず、加害車を昌明に衝突させた。

以上の事実が認められる。

2  右に認定した事実によれば、被告が、加害車を時速約九五キロメートルという極めて高速度で運転し、かつ、前方の注視を全く欠いたまま走行した過失により、本件事故を惹起したものであることは明白である。

ところで、被告は、本件事故現場周辺が相当暗い状況にあり、かつ、昌明が、加害車が本件交差点に接近しているにもかかわらず、急に横断歩道を小走りに駆け抜けようとしたとの事実を前提に、過失相殺の主張をしているところ、被告自身も、その本人尋問において、「本件事故現場の周辺は暗いと思つた。」、「回転計から顔を上げて、少し間があつて昌明を見つけた。昌明が、小走りに走つて来るのがほんのわずか見えた。」旨を供述している。

しかしながら、本件事故現場周辺が志染農協広野支所の駐車場に設置された水銀灯によつて比較的明るかつたことは、本件事故の実況見分調書の記載から明白であるし、被告自身、本件衝突地点の手前約一二・四メートルの地点に至るまで、横断歩道の存在すら気が付かず、人影も見なかつたことを認める供述をしているから、被告が右地点で回転計から顔を上げた瞬間には、すでに横断歩道の中央付近に達していた昌明の姿が目に入つてきたものと認めざるを得ないのであつて、被告の前記各供述は、到底信用することができず、他に前記1の認定を左右するに足る証拠はない。

3  そうすると、被告が主張する過失相殺を基礎づける事実については、立証がないことに帰着し、他に昌明の過失を認めるに足る証拠もないから、被告の過失相殺の抗弁は理由がなく、本件事故は、被告の一方的な過失によつて発生したものというべく、被告は、民法七〇九条により、原告らの被つた後記損害を賠償すべき責任がある。

三  すすんで、原告らの損害について判断する。

1  昌明の損害

(一)  傷害による損害

(1) 治療費 合計金二〇四万九〇二五円

右は当事者間に争いがない。

(2) 付添看護料 金一万五〇〇〇円

前記一で認定の事実及び原告野田幸子本人尋問の結果によると、昌明は、本件事故による受傷のため、昭和六三年三月七日から死亡する同月九日まで三日間恒生病院に入院し、その間原告らの付添看護を要したことが認められるところ、右看護料は一日当たり金五〇〇〇円が相当であるから、三日間で右金額となる。

(3) 入院雑費 金三三〇〇円

入院雑費は一日当たり金一一〇〇円と認めるのが相当であるから、三日間で右金額となる。

(二)  死亡による損害

(1) 逸失利益 金一九一四万一四四一円

いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、二、第三号証ないし第六号証、原告野田幸子本人尋問の結果、及び弁論の全趣旨を総合すれば、昌明は、大正一三年一一月九日生まれの男子で、死亡当時満六三歳であつたこと、昌明は、神戸市に二五年間在職したのち、薬の販売会社に一五年間程勤め、本件事故による死亡当時は無職であつたが、次の年金を受給していたこと、すなわち、〈1〉地方公務員等共済組合法七八条に基づき給付される退職年金で、受給者が死亡するに至るまで給付される神戸市職員共済年金を年間一七八万六一〇〇円、〈2〉厚生年金法第九章第一節の各規定に基づき設立された大阪薬業厚生年金基金から、右基金規約四八条ないし五六条に基づき給付される退職年金で、受給者が死亡するに至るまで給付される大阪薬業厚生年金を年間金九七万二九〇〇円(もつとも、右金額は死亡直後の昭和六三年四月に改定された。)、〈3〉厚生年金法四二条に基づき給付される老齢厚生年金で、受給者が死亡するに至るまで給付される厚生年金を年間金四一万〇九〇〇円、以上合計金三一六万九九〇〇円の年金を受給していたこと、しかるに、昌明は、本件事故による死亡によつて、右各年金の受給権を喪失したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、退職年金は、本人及びその者の収入に依存する家族に対する損失補償ないし生活補償を目的とする給付であり、受給者の稼働能力と無関係に支給されるものではあるが、生活保護法による扶助とは異なり、在職中一旦給与として支給された中からその掛金を徴収されて積み立てるものであり、しかも本人の退職後の経済状態に関係なく支給されるものであるから、給与の後払い的性格をも否定できず、労働の対価としての一面を認めざるを得ないところであるし、また、厚生年金法の老齢年金においても損失補償の性格がないとはいえないから、他人の不法行為によつて右退職年金及び老齢年金の受給権を消滅させられるに至つた被害者は、加害者に対し、得べかりし利益の喪失として将来支給を受け得たであろう年金額を損害として請求することができ、また、右請求権は相続の対象となりうるものと解するのが相当である。そして、退職年金収入及び老齢年金収入は被害者の稼働可能期間に関係なく生存している限り支給されるものであるから、その算定に当たつては、余命期間を基準として算定するのが相当であり、また本人の生活費を控除するのが相当である。

そして、原告幸子が昌明の妻であり、原告優子が同人の子であることは、当事者間に争いがなく、前掲甲第二号証の二、原告野田幸子本人尋問の結果によれば、本件事故当時、昌明は、原告幸子及び原告優子夫婦と同居していたが、原告優子は昭和五九年二月新聞記者の夫に嫁がせたことが認められるから、これらの身分関係を基にして昌明の生活費としては収入の五〇パーセントを控除することとし、また、既に認定した事実から昌明は死亡時六三歳であつたことが認められ、昭和六一年簡易生命表によると同人の平均余命は一七・三六年であることが認められるから、余命を一七年として計算すると、昌明の得べかりし前記各年金の死亡時における現価は、次のとおり金一九一四万一四四一円(円未満切捨て、以下同じ)となる。

(三一六万九九〇〇円×〇・五×一二・〇七七=一九一四万一四四一円)

(2) 慰謝料 金七〇〇万円

これまでに認定の諸般の事情を考慮すると、昌明に対する慰謝料は金七〇〇万円とするのが相当である。

2  原告らの相続

原告幸子が昌明の妻であり、原告優子が同人の子であることは当事者間に争いがないから、原告らは、昌明の死亡により、右損害賠償請求権の全額(金二八二〇万八七六六円)をそれぞれ法定相続分に従つて二分の一ずつ相続取得した(それぞれ金一四一〇万四三八三円)ことになる。

3  原告らの損害

(一)葬儀費用 各金五〇万円

原告野田幸子本人尋問の結果によると、原告らは、昌明の葬儀費用として少なくとも各金五〇万円を負担したことが認められる。

(二)慰謝料

(1) 原告幸子につき 金五五〇万円

(2) 原告優子につき 金三五〇万円

以上認定の諸般の事情を斟酌すると、右各金額が相当である。

四  損害のてん補

1  自賠責保険金及び被告の弁済

原告らが、損害のてん補として、自賠責保険から金二五〇〇万円、被告から金二〇四万九〇二五円、以上金二七〇四万九〇二五円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。

そこで、これを原告らの主張する配分基準に従いそれぞれ二分の一(金一三五二万四五一二円)ずつ原告らの損害賠償請求権(原告幸子につき金二〇一〇万四三八三円、原告優子につき金一八一〇万四三八三円)に充当すると(前記昌明の退職年金及び老齢年金相当の損害賠償債権を相続した分以外の損害に先に充当するものとする。)、原告らの残損害額は、原告幸子につき金六五七万九八七一円、原告優子につき金四五七万九八七一円となる。

2  遺族年金の受給

原告幸子が、昌明の死亡により、(1)神戸市職員共済年金につき、地方公務員等共済組合法九三条に基づき、昭和六三年五月二日、遺族共済年金の基本年金額を金九一万六一〇〇円とする決定を受け、平成二年五月一日までに合計金一九〇万八五四二円の遺族年金を受領していること、(2)厚生年金につき、昭和六三年七月二一日、遺族厚生年金の金額を金八四万二六〇〇円とする決定を受け、これまでに合計金一二五万三四三九円の遺族年金を受領していること、(3)大阪薬業厚生年金につき、昭和六三年五月一二日、遺族一時金として金五二万三七〇〇円を受領したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲第九、一〇号証の各一ないし五、第一一号証によると、原告幸子が現に支給を受けた昭和六三年五月二日から平成二年九月(口頭弁論終結時)までの遺族共済年金の合計額は金二一三万七五六七円であること、また、原告幸子が現に支給を受けた昭和六三年八月一日から右平成二年九月までの遺族厚生年金の合計額は、右年金の支給が平成二年二月から平成四年一月まで二四か月間支給停止の措置が取られたため、金一二五万三四三九円であること、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

しかして、遺族年金は、退職年金あるいは老齢年金各受給権者の死亡を契機として、その遺族に対する損失補償ないし生活補償のために給付されるものであるから、退職年金・老齢年金とその目的を一にするものであり、しかも両者は法律上同時に併存することができない関係にあるため、死亡した者からその得べかりし退職年金あるいは老齢年金相当の損害賠償請求権を相続した遺族が遺族年金の支給を受ける権利を取得したときは、同人の加害者に対する損害賠償債権額の算定に当たつては、相続した退職年金あるいは老齢年金相当の損害賠償債権額から右遺族年金相当額を控除すべき必要があるものと解すべきであり、また右控除は、あくまで法律上右給付の利益を享受することが保障されている受給権者の退職年金あるいは老齢年金相当の損害賠償債権額からだけすべきであり、受給権者でない遺族の損害賠償債権額からは、控除できないものと解すべきである(最高裁昭和五〇年一月二四日第二小法廷判決、民集二九巻九号一三八二頁参照)。

ところで、被告は、右遺族年金については既に支給された分のみならず将来支給される分もこれを控除すべであると主張するが、右遺族年金が支給されることによつてその受給権者が被告に対する不法行為に基づく損害賠償債権を失うのはその現実の支給によつて損害が填補されたときに限られ、たとえ将来にわたり継続して定期的に給付されることが確定していても、現実の支給がない以上それは遺族にとつては単なる期待権であつて現実の損害の填補とみることは困難であり(最高裁昭和五二年五月二七日第三小法廷判決・民集三一巻三号四二七頁、最高裁同年一〇月二五日第三小法廷判決・民集三一巻六号八三六頁各参照)、また、将来支給される分までも現時点で控除するとすれば、被害者に対し年金額の限度で損害賠償請求権につき分割弁済を認めると同様の不利益を強いる結果となるので、被告の右主張は採用することができない。

以上によると、原告幸子の前記残損害額からさらに口頭弁論終結時までに同原告が受領した前記遺族年金の合計額である〈1〉金二一三万七五六七円、〈2〉金一二五万三四三九円、及び〈3〉前記遺族一時金五二万三七〇〇円、以上合計金三九一万四七〇六円が控除されるべきであるから、原告幸子の残損害額は金二六六万五一六五円となる。

五  弁護士費用

1  原告幸子につき 金三〇万円

2  原告優子につき 金四五万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、右各金額と認めるのが相当である。

六  結論

以上のとおりであつて、被告は、民法七〇九条により、原告幸子に対し、金二九六万五一六五円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和六三年三月七日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告優子に対し、金五〇二万九八七一円及びこれに対する前同様の遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告らの本訴請求は、右義務のある限度で理由があるから認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦潤)

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